大判例

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最高裁判所第三小法廷 昭和29年(オ)803号 判決

石川県河北郡内灘村字大根布ロ五一番地

上告人

内灘中央漁業協同組合

右代表者理事

中村小重

右訴訟代理人弁護士

村沢義二郎

金沢市田丸町四〇番地

被上告人

加賀興業株式会社

右代表者代表取締役

浅与四忠

右当事者間の約束手形金請求事件について、名古屋高等裁判所金沢支部が昭和二九年七月九日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告申立があつた。よつて当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人村沢義二郎の上告理由について。

原審の認定するところによれば、訴外舛井外与吉は上告組合の当時の組合長潟渕長松から金融斡旋の依頼を受け、その方法として合計金額の限度を三〇万円として適宜数通の約束手形を振り出すこと並にそのために補助者を使用することを容認されたところ、金融獲得のため補助者として使用した訴外南和夫から融資を受ける見込がついた旨の連絡を受けたところから、上告組合から同組合長の印顆を取り寄せ書損その他の必要に備えて数通の手形用紙に押印した上、先ず上告組合振出、訴外塚田隆宛の金額五万円、一〇万円、一五万円の約束手形三通を作成して南に交付したが、その際南の要請によりさらに右組合長の印を押捺した手形用紙二枚を必要のとき所定事項を記入の上行使することを許容して交付したというのであるから、右手形用紙二枚の交付は前記三通の手形による金融獲得の不能な場合にのみ振り出すべき趣旨においてなされたものと認むべく、したがつてその交付自体はもとより舛井の権限内の行為と認めなければならない。しかしさらに原審確定の事実によると訴外舛井の補助者たる訴外南は右手形用紙二枚のうちの一枚を利用し、金額を一〇万円とする本件手形を作成しこれを訴外鍋島義雄に振出交付して同訴外人から金融をえその金員を自己のために費消したというのであるから、南の右手形振出行為は舛井の権限を濫用したものにほかならず、これをもつて当然に同訴外人の受任の範囲内の行為ということはできない。それ故に原審がこれをもつて舛井の受任の範囲内に属する権限内の行為であるとしたのは、その措辞稍々隠当を欠くが、権限濫用による手形振出の場合においてもその手形は偽造手形ではなく(無権限の署名代理による手形振出についての当裁判所昭和三二年二月七日言渡の判決参照)、その手形は真正のものというべきであつて、ただ手形振出人は手形取得者の悪意なる場合に限りその事由をもつてこれに対抗しうるに止まると解すべきであり、原審の判示も畢竟その趣旨に帰すると認められるから、原判決には何ら所論のような違法はない。もつとも、所論のように舛井が本件手形振出前上告組合から金融斡旋の委任を解除され、南に対してもその旨通知して本件手形ないし手形用紙の返還を請求したものとすれば、舛井はすでに本件手形振出の権限を失つたこととなり、したがつてその補助者たる南の本件手形振出行為もその権限消滅後の行為に属する理であるが、かかる事実関係は原審の確定しないところであるだけでなく、仮にかかる場合に属するとしても、その手形を偽造手形とはいえず、したがつて手形振出人たる上告組合は善意の取得者に対してはその責を免れないことは、前説示の場合と同様である。これを要するに所論は原審の認めない事実を基礎とし、独自の見解により原判決を非難するものにすぎず、所論判例は刑事責任に関するものであつて、本件には適切でなく、論旨採用に値しない。

よつて、民訴四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 河村又介 裁判官 島保 裁判官 小林俊三 裁判官 垂水克己)

昭和二九年(オ)第八〇三号

上告人 内灘中央漁業協同組合

被上告人 加賀興業株式会社

上告代理人村沢義二郎の上告理由

一、原判決は、甲第一号証手形に付て

「南が本件手形(甲第一号証)に所要事項を記入してこれを完成し鍋島義雄に交附したのは被控訴組合の代理人たる舛井がその権限内で補助者をしてなさしめたことでありその受任の範囲内に属することであるから本件甲第一号証の手形は真正なものというべくその振出を以て偽造とすることはできない」

と判示し、本件手形は偽造されたものではない、と判断したのである。

二、原判決も認める様に、当時南和夫は本件手形の振出を舛井に秘して告げず又これによつて得た金員も自己の用途に費消したのであり、而かもその当時上告組合が融資の必要がなくなつたからとて手形の返戻を舛井へ要求していたことは原判決もこれを認めているのである。

尤も右手形の返戻を要求した日時に付ては原判決はこれを明らかにしないが、証人舛井外与吉の証言によれば(原審に於ける調書第十項)昭和二十七年一月から二月の初めにかけて組合から手形返戻の要求を受けており、舛井自身もその以前から南へ対し既に渡してあつた手形(乃至手形用紙)の返戻方を請求していた事実であつて、南はその要求に応じ本件手形を除く以外のものは既に返戻しているのである。

三、これらの経緯から考へるならば、本件手形の振出期日となつている昭和二十七年二月十五日以前に既に(一)組合は舛井に対し手形を以て金融を受けてくれと云ふ委託を解き既に捺印してあつた手形用紙の返戻を求めているのであり、この限りに於て舛井は組合に代つて組合名義の手形を振出して金融を受ける権限を既に失つたものと云わなければならないし、(二)一方舛井はその以前に既に南に対し手形用紙の全部の返戻方を要求しているのであるから、右要求によつて、南も既に舛井の補助者として組合名義の手形を振出し金融を受けると云ふその補助者の立場を失つているのであるものと云わねばならない。

而して、その日時は舛井の証言にある通り「一月から二月の初めにかけて」、即ち二月上旬早々と認むべきであり、舛井の(原審調書第二〇項)乙第一号証の一、二を示されての証言によれば「手形を書いたのち余り日の経つていない頃のこと」とあり、この手形(昭和二十七年二月九日附振出)を書いたときとは右二月九日か又は事務員が印章を舛井方へ持参した一月二十九日を指すか明瞭でないが遅くとも二月十五日の以前であつたことは証言の全趣旨から窺い得るのであり、而して組合から手形用紙の返戻方の申入れのあつた以前に既に舛井は南へ手形用紙の返戻しを要求しているのであるから、南は甲第一号証の振出日たる昭和二十七年二月十五日には既に組合名義の手形を振出し得る権限を失つていたものであつて、右甲第一号証の手形は同人無権限の儘に必要事項が記入され鍋島に交附されたものであること明らかである。

四、更に原判決も認める様に、上告人組合が舛井に手形用紙を預け置いたのも結局はその手形によつて金融を受けようとの意図であつたのであるから、若し南に於て組合のために金融せず自らのために金融を受ける目的でその手形用紙を使用し手形要件を充たして他へ振出したとするならばその行為は自らの権限を超え委託者の意思に反して手形を振出したことになるのであつてその意味に於ても無権限の行為を為したものと云わなければならない。

五、原判決は、(一)組合が金融の必要がなくなつたから手形乃至手形用紙の返戻を舛井に要求した事実、(二)南が組合の意思に反して融通受けた金員を自己の用途に費消した事実を夫々認定し乍ら、而かも本件甲第一号証手形の振出は舛井がその権限内で補助者南をしてなさしめたことであり手形は偽造でないと判断したことは尠くとも文書偽造に関する従来の判例の趣旨に反しているものと思料されるのである。

六、他人の署名捺印ある文書にその他人から委託された範囲を超えて文言を記入した行為が文書偽造となることに付ては大審院昭和十二年(れ)第二一二九号昭和十三年二月八日判決等幾多判例の存するところであるが、本件の手形に付ての南の行為は原判決が認定した事実のみによつても「以て偽造とすることはできない」と判断すべきものではなく、寧ろ権限なくして乃至権限を超えて振出されたもの、即ち偽造されたものと断ずべきものと思料するのである。

若し原判決が、本件手形は舛井や南の権限を超えて振出されたものではあるが、然し例へば民法の表見代理の規定の適用によつて被上告人は尚手形上の権利者たるを失わないと云う趣旨の判断を為したものならば問題は又別であるが、これを舛井、南の権限内の行為であるが故に上告人の手形上の責任ありとなす判示には到底承服出来ないものがあるのである。

要するに原判決には、文書偽造に関する判例の趣旨と異つた見解が示されてあるものと思料しその破棄を求める次第である。

以上

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